知らないところで no.360
- 公開日
- 2022/09/15
- 更新日
- 2022/09/15
校長室より
自分の見聞することは、広い世界のほんの一部です
多くの人(特に大人)はそのことを知っているはずですが、日常の中で忘れがちです
朝、せっせと汗をかきながら物を運ぶ出中生がいます
途中休みながら、全員で協力し合い運搬しています
ずるいわたしはもっと楽にできる方法があるんじゃないかなと思いつつ、彼らのやることに口出ししません
彼らが休んでいる最中、少しそのものを持ってみましたが、結構な重量でした
彼らをねぎらい、その場を離れました
彼らが運んでいたものとは、明日の後期生徒会役員選挙で使用する記載台や投票箱です
市の選挙管理委員会から借用した、実際の国政選挙等で使用される本物です
明日の投票の際、彼らの汗を出中生のどれくらいの生徒が気付けるでしょうか
投票後にはまたそれらを片付ける作業があることを意識できる出中生はどれくらいいるでしょうか
自分の知らないところで多くの存在が自分を支えてくれていることを意識する瞬間はあるでしょうか
数年前、校長として小学校に勤務しているとき、在籍児童から「校長先生は、校長室では一人で何をしているのですか?」と聞かれたことがあります
担任の先生のように自分たちの教室の授業で学習指導するわけでなく、式でちょろっと話をしたり、ふらっと廊下を歩いていたり、朝前庭で登校してくる児童を迎えていたりする姿しか見えていないですから、そう尋ねたくなることは理解できました
その疑問を素直に直接尋ねることができる児童の存在がうれしかった記憶がありますが、どのように回答したのかは記憶していません
あのとき、児童の知らなかった世界を知るお手伝いが少しでもできたでしょうか
まあ、校長は校長でいろいろあるわけですがね
多くの存在に支えられているからこそ、平和に過ごすことのできる日常
それは広い世界の知らない大部分の中のひとつです
昨日、広島県から二つの知らせがわたしに直接ありました
両方とも、広島県の代表紙である中国新聞に出町中学校の名前が掲載された記事についてです
お一人は、3年生が今年度交流している広島市立祇園東中学校校長のY氏
もう一人は、この交流のきっかけを作ってくださったZ氏
お二人とも「今朝の朝刊に掲載されていましたよ」という内容でした
記事が掲載された9/14付「中国新聞」は、新聞社が掲載紙を数部送付してくださったので、近々出町中学校に届くと思います
記事で扱われた3年生のみなさんをはじめ、このことを知らない全校生徒へも掲示して知らせます
また、Z氏は新聞記事を撮影してSNSを使って送信してくださいました
何とか読ませようとしてくださるその想いがうれしく、ありがたいです
遠く離れた2つの学校をつないだ今年度の取組には多くの方々に関わっていただいています
そのことに感謝しつつ、まだまだわたし自身も知らない・気付いていないことの中で、わたしも生きていると改めて感じています
感謝の対象はよくわかっていないけれど、感謝する
誠にそんなことだらけの毎日です
だからこそわたしは知ったり気付いたりしたことについては、相手に対して感謝の気持ちを直接伝えたいと思うのです
そうそう、道徳科で学習する「思いやり」
かつて、お師匠様が「思いやり」について教えてくださいました
「思いやり」は相手に気付かれない心遣いが「粋」
そして、相手に気付かれて逆に気を遣わせるのは「野暮」
もっともあかんのは「嫌味」
わたしは「粋」な方々に支えられているのかもしれません
※単にわたしが鈍感とも言えますかな